開催プログラム

『塩野米松流 聞き書き術』

(第1回 森の“聞き書き甲子園”事前研修-平成14年8月27日 塩野米松先生の講義より)

pdf»全文ダウンロードはこちらから。

目次

  1 『聞き書き』の魅力
  2 『聞き書き』を行う準備
  3 まず相手の人に伝えること
  4 聞く
  5 たくさんの分からない言葉
  6 まとめる
  7 原稿をその人に戻して確認
  8 最後に

1 『聞き書き』の魅力

◆通常ではあまり話さない人と深く話せる
 皆さんは同世代の人たちとは話をするでしょうけれど、自分たちの先輩とか、お父さん、おじいさんの世代の人たちと話をすることはなかなかないと思います。僕も自分の親とは話をしづらいし、ちょっと話しただけでも、なぜかすぐ腹が立ってしまって話を聞くことができない。けれども、よその年上の方から話を聞くとなると、けっこう素直に聞けるものです。
 本来、初めて会った人に「お子さんは何人いらっしゃいますか」、「仕事の上でどんな失敗をしたことがありますか」なんていうことは、なかなか聞けるもではないのですが、聞き書きの面白さのひとつは、インタビューという形式をとりながら、初対面の方や世代の違う方にいろいろな話を聞くことができることです。

◆民俗学の資料に匹敵
『聞き書き』によってまとめた文章は、正確な内容に仕上げると、民俗学の資料としても使えるような価値のあるものにもなります。高村光太郎の父・高村光雲という彫刻家は、明治維新の頃に上野の戦いを見たり聞いたりして覚えていました。後日父からその時の話を聞いた高村光太郎は、父の回顧録を一冊の本にまとめました。『維新懐古談』という本で、岩波文庫で出ています。
 その内容は今でも当時の戦いや庶民の生活を知る上で、最も優れた資料のひとつとして使われています。実際僕が読んでも、その回顧録には、時代を写す風俗が切り取られているのでとても面白い。例えば職人はみんな同じものを食べたり着たりしているように思われているけれども、それぞれの職業に合った食べ物、着る物、身のこなしがある。こうしたことをひとつずつ正確に聞いて書きとっていくことで、民俗学の資料としても価値のあるものになるのです。
 だから、聞き書きの作業は、日常に埋もれてしまいそうな、その人の生活や考え方、仕事のことなどを聞き出し、正確に書き写す力とその心構えが大切です。

◆聞き手の人生を反映する文芸
『聞き書き』は『語り』とは違います。『語り』は、こちらが聞かないでも、ずっと一方的に喋っている。「落語」がそれに近いですね。それを録音して文章に書き起こしても『聞き書き』とはいわない。これは、小説家が小説を書くのと同じ様に、語り部が自分の意志だけで自分の人生などを皆さんに話しているのです。
 一方、『聞き書き』は相手に質問をして話してもらいますから、そこには聞き手の意志が反映されます。何を聞くか。そして返ってきた答えに対して、次はどういう質問を続けて聞くのか。それによって相手の答えも変わっていきます。だから『聞き書き』でまとめた文章は、一見、話し手の人生の様に見えますけれども、実は聞き手の人生も映している文芸形式なのです。
 たとえば、同じ人に幾人かの人が『聞き書き』をしたとしても、それぞれの聞き手の個性によってまったく違う『聞き書き』の本ができ上がります。
 皆さんの場合は、16歳~18歳の高校生でとても若いですね。これから話を聞きに行く「森の名手・名人」の人たちの仕事の内容はほとんど知らないでしょう。そうした全くまっさらな状態で行った『聞き書き』は、僕がやる『聞き書き』とは全く違うと思います。読む人たちにもそれはよくわかるはずです。でき上がった文章の中には聞き手の具体的な質問は書いていないけれども、返ってきている答えの中に聞き手の姿が浮かび上がってくるのです。
「この人は何も知らないからこういう質問をしているんだろう。」「細かな話をしてもわからないかもしれないかから、わかりやすく大きく答えておこう。」という具合に答えてくださる話も聞き手の容量次第で変わってきます。では、そういう『聞き書き』が素人だから役に立たないかというと、そういうことではありません。みなさんがまとめた『聞き書き』の読者には、皆さんと同じように何も知らない人たちがいます。その何も知らない人に、その人の仕事をどう紹介すればわかりやすいか、という時に、皆さんの率直な質問の方がより有効かもしれないのです。
 そして何より、大事なことはこの『聞き書き』を完成させることで、18歳の皆さんの姿がそのまま映った文芸作品ができ上がるのです。
 そういう意味で、僕は話を聞く人はリトマス試験紙のようなものだと思っています。18歳、28歳、38歳、48歳、58歳、68歳、78歳の人たちが同じ人に同じようにインタビューをしてまとめても、違うものが出てくるでしょう。それがとても大事なのです。

◆相手の人生が職業を通じて浮かび上がる
 石垣を組む職人さんに石の組み方という「技術」について話を聞いて文章にまとめても、実はなかなか伝わらないものです。もし「技術」だけを記録するのであれば、文章よりも映像(ビデオなど)を使った方がいい。しかし一方で、彼の「生き方」は「技術」の話を聞くことを通じてでないとなかなか見えてきません。これはどういうことかというと、たとえば、船大工は僕たちから見ればひとつの職業だけれども、彼と彼の家族から見れば「船大工という生き方」なんです。だから船をつくる作業工程を聞く中でその人の職業を知り、その人の「船大工という生き方」を浮かび上がらせていくというのが、実は『聞き書き』の最大の仕事なのです。文字をもって、「その人の職業を通じ人生を浮かび上がらせる」という作業を文芸といいます。ここまで『聞き書き』ができあがればその作品は文芸と言えます。
 さらに、話し言葉で書くので、上手にまとめればとても読みやすく、また、その人の人柄や生まれ育った背景、さらには人生の裏側まで読み取ることができるものに仕上げられるのです。

◆他のノンフィクションとの違い
 人にものを聞いたり、観察して表現していく「ノンフィクション」の形式には、『聞き書き』以外にもいろいろあります。
 通常ルポライターと称する人たちは、同じように話を聞きに行って、自分の言葉でまとめます。相手が喋った言葉を使う時にはカギカッコ(「 」)を使い、それをつないでいく地の文章は自分の言葉で書きます。カギカッコ(「 」)中には、基本的に相手の人が喋った通りの言葉を入れて嘘をついたり、言い方を変えてはいけない、というのが「ルポルタージュ」の基本です。しかし、ルポライターは自分の意志と考えをもって、たとえば、その事件の当事者や周囲の人に話を聞いていきます。
 基本的な文章のまとめ方は、聞き手であり、ルポライターである彼が、彼の意志で書くというものです。相手の意志や聞き手の意志が文章に表れるという点は『聞き書き』と共通していますが、表現の方法としては全く違うものです。
 そのほか、『エッセイ』という形式もあります。日本の場合は、取材した事実を元に、自分の感情を写し取ったような形で文章に表現したものをエッセイと読んでいることが多いようです。
 ほかに『自叙伝』もしくは『伝記』という形式があります。『自叙伝』は自分で書くもの、『伝記』は他の人が調べて書くものです。欧米の伝記作家の場合は、その人の個人的な手紙まで見せてもらったり関係者の証言を集めたり、膨大な資料を元に伝記を書き上げます。まだ故人や家族が、手紙や私物を公開したがらない日本の場合には、この西洋流の伝記作家はあまり現れていません。
 『聞き書き』はこうした方法とは異なったやり方です。相手に話を聞きながら、その話し手の言葉だけで文章をまとめていきます。こういう形式は世界でもなかなか珍しい。日本独特とはいかないまでも、不思議な文芸形式のようです。

                                次のページへ >>